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「新聞配達に関するエッセーコンテスト」入選作のご紹介
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category : 通常投稿 2014.11.5

日本の新聞の発行部数は約4700万部。そのうち4470万部(95.1%)が、36万人の販売所従業員によって、毎日、戸別配達されています。

新聞配達に関するちょっといい話や心温まるエピソード、新聞配達での経験などをエッセーの形で寄せてもらう「新聞配達に関するエッセーコンテスト」は、平成6年の募集開始以来、今年で21回目となり、海外からも含めて3478編の応募がありました。選考には、特別審査員のジャーナリスト、鳥越俊太郎さんも加わりました。

その中から選ばれた最優秀賞と優秀賞、審査員特別賞の作品をご紹介します。


最優秀賞:『おばあさんの新聞』岩國哲人さん(78歳) 東京都

 一九四二年に父が亡くなり、大阪が大空襲を受けるという情報が飛び交う中で、母は私と妹を先に故郷の島根県出雲市の祖父母の元へ疎開させました。その後、母と二歳の弟はなんとか無事でしたが、家は空襲で全焼しました。
 小学五年生の時から、朝は牛乳配達に加えて新聞配達もさせてもらいました。日本海の風が吹きつける海浜の村で、毎朝四十軒の家への配達はつらい仕事でしたが、戦争の後の日本では、みんながつらい思いをしました。
 学校が終われば母と畑仕事。そして私の家では新聞を購読する余裕などありませんでしたから、自分が朝配達した家へ行って、縁側でおじいさんが読み終わった新聞を読ませていただきました。おじいさんが亡くなっても、その家への配達は続き、おばあさんがいつも優しくお茶まで出して、「てっちゃん、べんきょうして、えらい子になれよ」と、まだ読んでいない新聞を私に読ませてくれました。
 そのおばあさんが、三年後に亡くなられ、中学三年の私も葬儀に伺いました。隣の席のおじさんが、「てつんど、おまえは知っとったか?おばあさんはお前が毎日来るのがうれしくて、読めないのに新聞をとっておられたんだよ」と。
 もうお礼を言うこともできないおばあさんの新聞・・・。涙が止まりませんでした。



優秀賞:『届けられた幸せ』棚橋すみえさん(64歳) 高知県

 病室に入った私は、ベッドで新聞を読みふけっている夫に思わずこう声を掛けていた。「いやその新聞買うてきたがかえ」と。
 すると、夫は「いや今朝配達して来てくれたがよえ。なんか久しぶりに新聞読みとうなって、病室まで届けてくれるゆうき頼んだわえ」と、笑いながら張りのある声で答えたのだ。
 夫ががんと診断されたのは一か月余り前だ。即入院、即手術。そして、今やっと退院の日を指折り数えるまでになったのだ。
 「それじゃ、また明日来るきね」と言って、病室を出た途端どっと涙があふれてきた。
 そう、この一か月間、夫の闘病をずっと見てきた私にとって、新聞を読むという何げない日常の光景が戻ってきたことが、ただただうれしかったから・・・。
 あれからはや二十年。夫は今朝も届けられた新聞を読みながら朝食を取っている。そんな夫を見て、ふと思う。
 あの日、配達員さんは新聞と共に、幸せな光景までも届けてくれたのだなあと・・・。



審査員特別賞:『新聞配達員からの返事』内田光さん(55歳) 東京都

 私は、新聞配達員に一年間の感謝を込め、毎年元旦の自宅ポストに感謝の手紙を貼り付ける人がいるという話を耳にした。私はその話に触発され、毎年大みそかの夜に手紙を自宅のポストに貼り付けて十余年となる。元旦に新聞を取りにいくと手紙はなくなっているので、配達員の方が記念に持って帰ってくれていると勝手に自己満足に浸っていた。
 そんなある年の元旦、新聞を取りにいくと手紙はそのままとなっていた。今年は気が付いてくれないのかなと、がっかりして剝がそうとすると、どうも私が書いたものと違う。
 「毎年、この手紙を見るのが励みです。中学を出ただけの私がやっと就けたこの仕事ですが、朝が早く、冬は寒さでつらく何度も辞めようかと思いました。しかし五年前、この地区の配達に変わってこの手紙を毎年読み、今では仕事がどんなにつらくても続けられています。感謝の気持ちを表したくて、今年は思い切って返事を書きました。これからも頑張ります!」
 素敵な正月となった。

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